LASTDUST
今日はデート日和《くさお×ノア》
「パパ、明日ってお仕事?」
ノアは朝食の後片付けをしながら、机で新聞を見ている男にそう問いかけた。
男は新聞から一瞬目を外し、ノアを見やり、再び新聞に目を戻す。
「……いや」
短い返事。
「ほんと?そしたら明日、買い物に着いて来てくれたりなんて…」
「……構わん」
「やった!」
ノアはぱぁと表情を綻ばせると、タオルで手を拭き、いそいそと男の向かいの席に座った。
「ふふ、久しぶりのデートだね」
彼のありえないといった抗議の意を孕んだ視線が、ノアを捉える。
「……買い物だろう」
「デートだよ?」
「買い物」
「デート」
「……」
はあ。とため息をつくと、それからはもう何も言ってこなかった。
ノアは満足そうに笑った。
当日。
ノアは普段より少しだけめかしこんでいた。
朝から何度鏡を見ただろうか。
柔らかな癖のある髪にはいつも以上に櫛をかけ、なるべく綺麗に整える。
服はお母様から送ってもらったものの、着ていく機会がなく、仕舞い込んでいたワンピースを着ることにした。
ほどよくリボンがあしらってある、お母様の好きそうな服だ
そして、青いカンパニュラの髪飾りもつけた。準備万端だ。
玄関に向かうと、既に彼が待っていた。
普段より少しラフだが相変わらず真っ黒な服を着て。
「おまたせ。行こっか」
こくりと男は黙ってうなずく。
ノアはドアノブに手をかけ、玄関のドアを開いた。
まず最初に寄ったのは小さな雑貨屋だった。
所狭しと物が置いてある店内をノアは楽しそうに見て回る。
小さな置物。
髪飾り。
季節の飾り。
気になるものを見つけるたびに立ち止まり、少し腰を屈めて眺める。
男は入口に近いところで腕を組み、待っていた。
「ねえパパ」
ノアが男を呼ぶ。
何だと視線を向けると、ノアが男の方を見ていた。
「どっちがいいと思う?」
ノアの手にはレザー製の色違いの栞が2つ握られていた。
「……好きにしろ」
「それじゃあ、答えになってないよぉ」
「お前が使うんだろう」
「そ、そうだけど……」
ノアは眉尻を下げ、困ったように笑う。
「パパに決めてほしくって。……だめ?」
男は小さなため息を落とす。
自分が決めて何になるのか、理解できなかった。
このままだんまりを決め込めば、諦めるだろう。
そして自分の好きな方を買えばいいのに、やっぱりいいやと言って元の場所に戻す。
きっと、そうするはずだった。
「……それにしろ」
「え?」
「右」
商品だし、ずっと自分が持っていても良くないとノアが諦めて棚に戻そうかと考えていたところ、男から声が飛んできた。
男が選んだのは青緑色に花の刺繍が施されている栞だった。
まさか選んでくれるとは思っていなかった。
ノアは目を丸くする。
それから嬉しそうに笑った。
「右の栞、綺麗でいいよね!ふふ、これにするね!」
そういうと、これ買います!とノアは会計に向かった。
……あいつの機嫌が悪くなっても、面倒だから選んだだけだ。
男は、再度ため息をつくと腕を組みなおした。
お昼時、ノアが老舗らしき小さなカフェの前で立ち止まった。
「お腹空いたね。そろそろお昼にしよっか?」
「ん」
店のドアを開くと、チリンと可愛らしいベルが鳴る。
いらっしゃいませ!とミコッテ族の店員が近寄ると、人数を聞いて席に2人を案内する。
2人以外にも数組の客が楽しそうな会話を弾ませながら、食事をとっていた。
料理を待つ間、ノアは窓の外を眺めたり、店内を見回したりしていた。
他の客ははた目から見たら恋人や夫婦など、近しい関係性であることがうかがえる人たちが多いように思えた。
自分たちも、周囲から見たら恋人同士にも見えてたりするのかな?
ノアはそんな想像をして、表情を綻ばせた。
「パパ」
「……なんだ」
「デート、楽しい?」
「買い物」
あまりにも早い否定に、ノアは吹き出した。
「私はね、楽しいよ。すっごく」
しばらく沈黙が続く。
やがて。
「そうか」
短い返事だった。
でも、それだけで十分だった。
食事を終えたあとは少し休んでから本屋に寄って、新しい本を買ったり。
デルちゃんへのお土産にとお菓子を買ったり。
普段あまり足を止めないようなお店を好奇心から覗いてみたり。
男は始終仏頂面で、楽しそうに一人ではしゃぐノアについていくだけだった。
帰り道。
夕方の光が石畳を朱く染めている。
沢山買い過ぎたが、今日買った持ち物はリテイナーにある程度運搬を任せていた。
とはいえ、夕飯に使うような食糧は自分で持ち帰る必要がある。
なのでその荷物だけはノアが抱えていたのだが、不意に腕の中から紙袋が消えた。
横を見ると、彼が荷物を持っていた。
「パパ、大丈夫だよ。重いよ?」
「別に」
ノアが両手で持っていたものを、彼は片手で難なく持っている。
「……ありがとう」
そういうと、ノアは空いた手を見つめた。
少し悩んだが、その手でそっと彼の袖に触れる。
荷物を持つ邪魔にならない程度に。
男は何も言わなかったが、黙ってノアから奪った紙袋を反対の腕に持ち替えた。
空いた腕が自然とノアの隣へとくる。
ノアは目を瞬かせた。
それから、少しだけ嬉しそうにその腕に自分の腕を絡める。
彼は何も言わずに、ただ歩く速度を少し緩めた。
家が見えてきたところで、ノアが口を開く。
「パパ、今日はありがとう」
「ああ」
「また、デートしようね?」
「買い物ならな」
「デートだよ?」
「……」
「ふふ」
返事はなかった。
ノアは満足そうに笑う。
男は前を向いたまま歩いている。
相変わらず無愛想だった。
けれど帰り道の歩幅だけは、最初から最後までノアに合わせたままだった。
ノアはそのことを知っている。
それだけで、十分だった。