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​無題 《アダン×ノア⇀くさお》

「……はぁ。」

深夜23時30分。

ウルダハの少し寂れた酒場の片隅で、とりあえず度数が高くて酔えればなんでもいいと頼んだ酒をなめるように呑みながら、深いため息をつくエレゼンがいた。

「何であんなこと言っちゃったんだろう、俺……。」

時を戻すこと1時間と26分、38秒前。

今日は珍しくあの人が家に戻ってきていた。

星芒祭が近いせいか普段あまり手に入らない食材が市場で手に入ったので、どうせ祭当日にあの人はいないのだからとノアは腕によりをかけて豪勢な料理を仕上げた。(6回ほど可愛い怪獣につまみ食いされたが、怒れるものか!)

我ながら上手くできたなと、自画自賛したところで可愛い怪獣ことデルにあの人を呼びに行ってもらい、以前手に入れてとっておいた少し値の張るワインボトルを開けた。

部屋からのそのそ出てきた彼が黙って席についたのを見届けて彼にもワインをついでやり、デルにはお子様用のシャンパンをつぎ、「いただきます。」と、食事が豪勢なこと以外は普段と変わらない食事の時間が始まった。

「デル、お腹いっぱい。ふわぁ」

自分が食器の片付けなどを始めたところで、たらふく食べたデルが目をこすっていたので傷ついちゃうからダメだよとこする手を目から離し、部屋で寝るよう促した。

はぁい…とふわふわの返事を残しながらデルが寝室へと姿を消していくのを見届けてやる。

ふと、リビングに目をやるとまだ彼がいた。

珍しいなと思い、ちょうど片付けも終わったので手を拭きながら近づいてみる。

「……パパ、どうかしたの?」

「……。まだ呑んでる。」

手元に目をやると、確かにそこにはまだワインがグラスに残っていた。

「それね、結構値段するやつなんだよ。気に入ってくれたなら良かった。」

にこりと微笑みながら彼の正面に腰をかけたが、男は自分の方へ視線をやることもなくただただワイングラスを口元に運ぶ行為を、まるで作業のように無感動に行っていた。

ひさしぶりに、こんなまじまじとこの人の顔を見た気がする。

普段は意識してあまり目線をやらないよう努めているのと、身長差もあるのであまりこうして同じ高さで見るタイミングがないのだ。

俺の視線に気づいてか、チラとこちらを一瞥するも特に思うところもなかったのかすぐに視線を戻してしまった。

そこでいつものように先に席を立って、自分の部屋に引っ込んでしまえば良かったのに。

愚かなことに、そうしなかった。

「あのさ、」

俺から話しかけられたって、いや、自分が話しかけられたと思ってるのかすら怪しいが…とにかく彼がこちらを見ることは無かったし、気づけば目の前のワイングラスは空になっていた。

「…あのさっ!」

少し上ずった引き留める声が口からでた。

彼は何事もなく、椅子を引いて立ち上がろうとしていたが動きを止めて胡乱げにこちらを見やると一言「何だ」と告げてきた。

そこでなんでもない、ごめんねって言えばよかったんだ。

よかったのに。

「俺は…パパのお陰で今とっても幸せだよ。でも、パパは、」

俺は何を言おうとしてるんだろう。

「パパは、どう?」

我ながら呆れるほど中身のない質問だった。

何か、彼と話しがしたくてただただ必死だった。

「……どう、とは?」

珍しく返事が返ってきた。普段ならスルーされてるようなバカみたいな内容なはずなのに。

「……俺といて、幸せ?」

沈黙。暫くカチカチと時計の音だけが部屋にこだましていた。

俺はというと、己の浅はかさに漸く気づき先程の発言を取り消そうとしたのだが、そうはならなかった。

「お前がいなくても、いても、別に何も変わらん。」

「お前は勝手にそう思っておけばいいが、お前といて私がそうなることはない。」

「思ってないことで嘘はつけないからな。」

「いつも言っていると思うが私に期待するな。この返事で満足か?」

 

目の前の彼は珍しく饒舌に(彼にしては)先程の質問に対して返事を返してくれた。

何てありがたいんだろう!

目の前がグラグラする。

いつもみたいに無視してくれたら良かったのに。 酔っぱらってるパパに話しかけるものじゃない。

……変わらないんだ。何も。 少しくらいって思ってたのは自分だけだったんだ。 俺、頑張ってるのに。愛してるから。

何にも伝わっていないのかも。じゃあどうして帰ってくるんだよ。分からない分からない。

「おい、」

「好きにならなきゃよかった。」

カチ、カチ。

「……ごめんなさい。外、でてくるから。」

「そうか。……ノア、外は雪が降ってる。なにか羽織っていけ。」

後ろから声がする。いつもは死ぬほど見たい顔も今はまともに見れる気がしなかったので振り向かずに外へ出た。

そうして、今に戻る。

これ、何杯めだろう。そこそこ酒に強いノアだが、流石にアルコールで頭がふらついてくるのを感じた。

おかわりを頼むか思案しつつ空になったグラスを持て余していたら、ことりと目の前に中身の入ったリキュールグラスが置かれた。

中身はなんの酒か分からなかったが、濃いオレンジが綺麗なカクテルだ。※

追加で頼んだ覚えはないので、これは何?と言った顔を顔に傷のあるバーテンダーの男に向けると「……あちらの方からです」と、手振りをまじえて教えてくれた。

男が示した左方向に顔ごと視線をやると、自分と椅子ひとつ挟んだ席に、彼はいた。

俺の知っている銀髪よりミルキーな髪色で、服装は良いところの出の奴が着ていそうなものを身につけているエレゼン族の男性……知らない奴だ。

過去に1度でも寝た相手のこと忘れるわけないし、手伝いで行ってる店の常連とかでもなさそうだ。

もしかしてあの人の、仕事関係の人間か……?

酒で蕩けた頭をフル回転させ、相手に声をかけるかノアが考えあぐねていると、ノアの視線に気づいたのかその男はこちらに顔を向けて、にこりと人懐っこそうな笑みを浮かべた。

「やあ、こんばんわ。良い夜だね。僕からのプレゼントはお気に召して貰えたかな?」

以前、義母に連れられて行った美術館に飾られていた彫刻のように、均整の取れた美しい顔をしていると思った。

左目は眼帯で覆われている。 男は喋りながら立ち上がると、間を詰めてノアのすぐ隣の席へと腰をかけた。

「……えっと、俺たちどこかで会ったことある?」

「いや?今夜が初めてだよ。ああ……申し遅れたね。ごめんごめん。僕の名前はアダン。初めまして。」

「はじめ、まして…。」

「あっは、そんな警戒した顔しないでよ。せっかくの美しい顔が台無しだよ。」

男は歌うようにテノールを響かせながら、ノアがカウンターに乗せていた左手に自分の右手を重ねてきた。

固まっているノアの指を解すように、自らの指先をノアの指の股へ割り入れてきたり、手の甲を摩ってきたりしてくる。

普段から遊んでいそうな仕草…ただのナンパか。

「僕は、これって運命なんじゃないかって思うんだ」

「……は?」

突拍子もないアダンと名乗る男の真面目そうな声色に乗せた発言に思わず疑問の声が漏れた。

そんなノアをみて笑顔を零し、再び言葉を続ける。

「単刀直入にいうと、君に一目惚れしたんだ。それで、少しでもお話できたらなと思って君との出会いに感謝して…これをね、」

そういうと先ほどくれたカクテルに目線をやり、はにかむ。

一目惚れ。 本当だろうか。

でも、自分に向けてくる眼差しに悪意は感じられない。

以前であれば嘘だと言い切ることができただろうが、一目惚れで色々と狂わされることを経験した今では、全く有り得ないと断言することが出来なかった。

ノアが思案していると、アダンは再び歌うように言葉をつづった。

「カクテルに、カクテル言葉っていうものがあるのは知っているかい?分かりやすく言うと。花言葉みたいなものだね。」

「君に贈ったこのカクテルはね『この想いを君に捧げる』っていうものなんだ。」

「もちろん、怪しむのも仕方ないと思う。でも、この想いは本物なんだ…。それだけは、信じて欲しい。

 君が好きなんだ。」

男はそこまで言うと、席から立ち上がった。

「少しお手洗に行ってくるね。もし少しでもそのカクテルの量が減っていたら

 …君との会話をもう少し楽しませて貰える、と受け取るよ。変わってなかったら、僕も諦めるね。」

アダンの背中を見送りながら、少し話をするくらいなら別にいいかもしれない。

 

だってすぐに帰っても仕方ないし。もしかしたら相手の目が覚めて、お付き合いは無理だけど気の合う友達になれるかも!そんな都合がいいことあるわけない。早く帰った方がいいかも。などノアはぐるぐると考えていた。

再びアダンから貰ったカクテルに目をやる。

 

『この想いを君に捧げる』か。

自分が、ずっとやってきた事だ。 それでずっといいと思ってた。ずっとずっとそうやって献身的に想いを捧げていければいいって。一緒に居られるだけで幸せだったから。

なのに自分は求めてしまった。

だって、俺といて幸せだと思っていて欲しい。 俺の事、もっと見て欲しい。

デルと自分と一緒にいて楽しいって思って欲しい。もっと触れたい、愛されたい。

昔の事なんて、忘れて欲しい!

気づけばノアはカクテルに口をつけ、ごくりごくりと嚥下していた。

瞬間、景色が回る。

「……あれ?」

力が抜け、そのまま床に倒れる。バーテンダーに助けを求めようとするが既にそこに姿がなかった。

図られた……。

恐らく薬が入れらていたんだろう。

力が全く入らないし、酷く寒い。

ああ、こんなドジ踏むなんてパパに怒られる。

まだ意識はぼんやりとあるのに体が言うことを効かない。

心臓が早鐘を打っている。

助けて、助けて……パパ…。

コツ、コツ。

軽快な靴音が頭に響く。悪魔が戻ってきた。

「あはぁ!飲んでくれたんだ!嬉しいよ、ノア!これで晴れて、僕と君は恋人だね!」

悪魔の妖しく響くテノールを最後に、ノアは意識を完全に手放した。

※キャロルというカクテルイメージ。エオルゼアだと何になるんだろ。

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