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​太陽に出会った日 《デル(シロ)+ノア(くさお)》

「こいつの世話をしろ」

彼はそう言って、酷く面倒くさそうに自分の背後に隠れていた小柄な人物をノアの目の前に突き出した。
人形みたいだなというのが第一印象。
ノアの目の前にでてきたのはアウラ族特有の鱗と角を持つ、整った儚い顔立ちの少女だった。
ただ憔悴しているのか、顔色は酷く悪いようにみえた。

「…えっと。聞き間違え、かな?世話って」
「事情があって売れなかった。
大した芸もないが高く売りつけるために可能な限り商品価値を付加したい。
勿論そいつの衣食住に関わる金は必要なだけ用意してやる。」
「ま、待って!」

淡々と話を進めていこうとする男に、ノアは思わず待ったをかけた。
その制止に目の前の男は怪訝な顔を向けてくる。

「いや、いきなりそんなこと頼まれても、流石に考える時間が欲しい…というか…。」
「以前私の頼みなら何でもすると言ってただろ。」

確かに言った。確かに言ったがでもそれはこの人に…。
ノアは狼狽えて視線を彷徨わせた。どうしてこんなことになるんだ!
黙りこくるノアに耐えかねたのか、男はため息をついた。

「不満か?ならこの話は無しで構わない。こいつは適当に処分する。」

ビクッと少女の身体が揺れる。
「処分って、」
「……そういう事さえ出来ればいいだけの奴に売りつける。」

そういう事とは、恐らく想像通りのことだろう。どこぞの色狂いに性奴隷として売りつけると。

ノア自身の価値観では、セックスとは全ての他者に対して与えることや返すことのできる究極の愛の形だと思っている。
ひとりぼっちは寒くて苦しいから。
セックスは幸せになるための行為であるはずだから。
……彼に出会った今でこそ、その考えも以前に比べて和らいでいるが、それでもセックス自体に特段悪い感情はない。
今はただ、不器用ながらも初めて知る自分の感情に対して誠実でありたいと思っている。
一般的な恋とは、自分にとっての愛をたった1人に向けることだと義弟から教えてもらったのだ。
それだけだ。そうでなければこんな苦しい我慢を自分に強いる訳がない。

でも、この子は?
ノアはこの子について何も知らない。いきなり世話しろと目の前の好きな男から押し付けられそうになっているだけだ。
正直このままこの子がどうなろうが私には関係ない。
きっとこの子とここで別れたら、今後出会うこともないだろう。
でも本当にそれでいいのだろうか?
私の価値観とこの子の価値観は恐らく、違うだろう。
この少女は自分がどうなるのかさえ分かっていないかもしれない。
だって、私も知らなかった。
だから、私にとってのそれは愛となったのだから。

「わかった。この子のこと私が預かる。」
立ち去ろうとしていた男の腕を無意識に掴み、気づいた時にはそう口走っていた。
男は無言で振り返るが、無表情のままで何を考えてるかは分からなかった。

暫くの沈黙が続いたあと、男はノアの手を振り払うと少女を突き出してきた。
「1年やる。」
「分かっ……分かった。できる限りの事はしてみるけど…、一つだけお願いがあるの!」
言うだけ言って立ち去ろうとした彼の足が止まる。
「月に1回、この子の様子見に来て欲しい。
その方が貴方も様子が分かるだろうし、それに…ほんとにあの、それだけだから……」
「……私は忙しいんだ。」
大きくため息をついて、男は少し考えたあとノアに光る何かを投げて寄こした。
ノアは慌てて手で受け止め、掴んだ手のひらを開く。
そこには、リンクパールがあった。

「それからの連絡はできない。私が用がある時だけ連絡する。3コール以内に出ろ。」
それだけ言うと、男は今度こそその場を立ち去った。
少女は男の背に向かって小さな手をひらひらと降っていた。

男が見えなくなり、残された少女と二人きりになった所でようやくノアは一息ついた。
とんでもない事を引き受けた気がするが、きっと間違えたことはしてない。
そう自分に言い聞かせる。
そしてそこでようやく今しがた預けられた少女の名前を教えて貰っていないことに気づいた。

「……改めて初めまして。私の名前はノア。貴女のお名前なんて言うのかな?」
少女を近くのベンチに腰掛けさせて、ノアは目の前にしゃがみ自己紹介も兼ねて優しく声をかけた。
少女はおどおどとした様子で目の前にしゃがむノアの顔を見ながら首をかしげる。
「……もしかして、喋れない?」
「……しゃ、べ?」

声はでるようでほっと息をつく。
だがコミュニケーションがとれないのは思っていたより深刻だ。
一見すると10代中頃に見えるのに、口調などからして精神年齢は酷く幼く思える彼女の世話は想像の何倍も大変かもしれない。

彼が立ち去る前に名前を聞いておけばよかった、とノアは小さくため息を漏らす。
「そしたらあなたのお名前は、今度彼に聞くとして……。当分仮のお名前が必要だよね。
うーん……シロちゃんなんてどう?」
目の前の少女は恐らくよくわかっていないだろうが、コクリと小さく頷いた。
「よし、決まりね。シロちゃん。お話は聞いてたと思うから多分分かってるかな?とは思うんだけど、シロちゃんは私と今日から一緒に暮らすことになりました!
……突然の事で不安かもしれないけど、私はシロちゃんの味方だから。何でも頼ってね。」
ノアはそう言って、シロの小さな手を自分の手でそっと包んだ。
彼女は包まれた手を見て照れくさそうにはにかむと、目の前のノアにぎゅうと抱きついてきた。

「…ちゃ」
「ん?」
「のあちゃ」
私の事だろうか?たどたどしいが、早速一歩前進……かもしれない。

ノアが喜んでいいのか考えあぐねていると、目の前からグウウ……と地鳴りのような音が聞こえた。
聞き間違えようのないその音は、間違いなくデルの腹から聞こえたものだった。

「……えっと、お腹すいた?」
少女はやってしまったと言いたげな困ったような怯えたような顔をして、こくりと頷く。

「ふふ、怖がってるの?お腹空かせてぐーってなっちゃっただけでしょ?怒らないよ。」
「……。」
恐る恐る顔をあげるシロに向かってにこりと微笑む。

「それじゃ、ずっとここにいても仕方ないしおうちに帰ろっか。昨日買い物したばかりで食材もあるはずだからそれでなんか作ればいいでしょう。」
「!」
シロの顔は少し明るくなったようだった。

シロはニコニコと立ち上がり、跳ねるようにノアの周りをまわる。
前途多難な行く末を今気にしても仕方ない。
シロの手を摑まえ、もう片方の手でさっきもらったリンクパールを握りしめる。
悪い方向にはきっといかないはず、と自分に言い聞かせて。
ノアはシロを連れて、帰路に着くのだった。

***

デルちゃんの名前はその後くさおから聞いて知ることになります。​

LastDust

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